もともこも鳴き笑い

まきのともこブログ。レシピや食べ歩き、デザイングッズやiPhoneなど。

あるのに欲しいもの


「女は本当に鞄が好きだなあ、一個ありゃ十分じゃない」というのは何の映画かドラマの台詞だったか、それとも誰かに直接いわれたのか.....定かではないが、そうかなあと思いつつ、ふと手持ちの鞄を頭に思い浮かべると、片手では到底足りない。


気合をいれて高級なものを買ったところで、普段使いには雑誌やら本やらなんでもかんでもバンバンいれて直ぐに痛ませるのだから、そうなっても気落ちしない程度の、ようは安物のものを使う小心者だ。あるとき、朝起きるとヒールの靴がむき出しで鞄から飛び出していた。足裏をみると石ころかなにかで作った切傷がある。酒に酔い、途中で脱いで裸足になったらしい、が記憶は当然ない。汚れた靴でもなんでも入れてしまえるとゆうのが、此れ以来私の鞄選びの条件となっている。





というのは冗談だが、ここ数年気に入って使っているのは1934年、ロンドンで創業されたエッティンガー社のトートバッグ<UT/T-15 LEATHER TOTE BROWN>→(写真あり)味がでてきた?エッティンガー 何かの雑誌で一目ぼれをし、いくつかの百貨店やショップをはしごして、その当時の私としては、清水の舞台から飛び降りるような気分でエイヤと買ったこのバッグは、何年か使ううちに大きく目立つしみなどもつけてしまってはいるが、きっとずっと使い続けるだろう。革製品用のオイルでたまに磨きながらふとそんな風に思う。


今一度、というか2度3度、清水から飛び降りよと私にささやくのは、これ。


バレンシアガのバッグ。


BALENCIAGA


http://www.balenciaga.com/


ザ・ファースト(ダークブラウン)


ザ・ワーク(マロンブラウン)


ニッセンのバッグコーナーで見つけたのだが、ブランド云々というよりも、この皮とデザインとなにより色にやられた。さすがに二度三度飛び降りたら骨折どころじゃすまないだろうから、ここは慎重に......この鞄に靴、入れられるだろうか。


ZOZORESORT(ゾゾリゾート)




還暦の母とハハハの日


人様の誕生祝などに、花束を送るのが好きである。


自身がほしいという欲なのか、と苦笑しつつも、誕生日なの、と聞くとそれほど親しくない友人知人でもあの人のイメージはこんな色の感じで....と近所の花屋やネットを物色する。


食べもの・植物は消えものだからだろうか、あとくされが無い感じが好いと勝手に思っている。ものもちのくせにもっと欲しいと思う自分の強欲な性を憂いてしまうのか、人に送るもので残るものはどうも苦手。食べ物はすぐに胃袋に収まるし、花は手入れの好い人だって切花だったら1ヶ月ももてば奇跡だろう。その儚さが好いのか。


うちの母は戦後生まれの今年還暦、五十を過ぎてから己れの楽しみのために精力的に活動をしているが、緑の手を持つ人だと思っている。こんな人に、どうも花を送るのは気が引けて、最近は消えものその1の「食べ物」が主流だ。我が家族はケーキでも大福でもなんでも数種類あった場合は「全種類少しずつ食べたい」という貧乏性からか、丁寧に、母、二つ上の兄、六つ下の妹、そして私の4等分して食べるという性癖があるから名のあるパティシエのケーキを違う種類で4つ。これが最近の近親者への誕生日プレゼントとなっている。


母は一時期は「蘭」にはまり、よく屋上から暖かい居間へ鉢植え大移動など手伝わされていた。お仏壇はもちろん、玄関やご不浄にも花がないことはなかった。とはいえ何々流なんて大層なものではなく、玄関先に咲いているような名も無き花を小さな花壷に生けていて、それは今もかわらない。近所のお花屋さんも知ったもので、私の幼稚園の同級生の家であるが―もう売り物にならなくなった薔薇など、留守でもダンボールのまま大量に玄関先に置いていったりする。「お母さんなら無駄にしないから」というのを聞いたことがある。


確かにそのとおりで、何かお惣菜をもらったお返しに、田舎から送ってきたお野菜と一緒に、といった風にいろんな先に嫁入り先を見つけてくる。「こんなにたくさんどうするの」と思った翌日にはあとかたもなく無くなっていて、玄関先のこじんまりとした花壷には、赤と薄紅色の薔薇が2~3本ちょこんとあるだけだ。


こんな母の誕生日は2月の終わりだった。親不孝だか孝行だか、どちらかわからないが還暦の誕生日に私は日本におらず祝うことはできなかった。が、最近ちょっと胸に刺さったCFの台詞、うる覚えだが確か成人式の着物か何かを選びながら娘が母にゆう台詞、「お母さんも、お母さんとして二十歳(はたち)だね」とかなんとか....。「お母さんも、お母さんとして三十路(みそじ)だね」なんて、なんとも格好の悪い響きではあるが、そんな台詞を吐きながら「今年の母の日には、普段送ったことの無い花なぞ送ってみようか」などと目論んでいる。


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猫と聞いて思い出すのは


やっぱりこの人だ。向田邦子。この人のドラマはついぞ観たことがないのは年齢のせい、にしておこう。今昼間のワイドショーの変わりに少し前のドラマを再放送ていうのが流行っているらしいし確かにそのほうがどこを回しても同じ内容に見えるワイドショーよりはみがいがあるけど、もう少し前のもやってもらえないかしら。


ドラマ/向田邦子x久世光彦スペシャルドラマ傑作選(Box) ドラマ/向田邦子の恋文


 


探偵物語あたりもやってほしいな。ほら、息子たちも最近でずっぱりだし。


ってあらこうして並べるとやっぱり壮観、素敵ねえ。





緋繊と松竹海老とスパイダーマン


東京生まれの東京育ち。ばりばりの東京の産で下町といわれる界隈で生まれ育った私は、どうも関西圏が不得手であった。ずけずけというものいいのわりには知らぬうちに他人の懐にさらりと入り込んで居るような大阪弁、こんな丁寧な言葉はついぞ聴いたことがないというくらい美しい響きをしつつキッパリと人を寄せ付けない京言葉、それらを聞くたびに、どうにも脊髄のあたりがぞくっとするような気がする。と、こんなことを書いては大阪、京都の人の反感を買いそうだが、事実このような印象を抱いていた。


いた、と過去形で書いたのは、これは私が(今も若いが)もう少し若い時分に聞きかじった風を装って、勝手に描いた印象だからである。二十歳をすぎ、やれ旅行だ出張だということで実際街を歩く、また学校だ仕事だで関西方面の方とお会いするにつけ、関西というのもまんざらではないな、などというなんとも生意気な気持ちとともに、もっと知りたいという欲がのぞいてきた。


はじめて大阪にいったのは、あれはいつだったろうか。記憶混濁、整理整頓が大の苦手な私のことだから定かではないけれど、多分二十二、三の時だろう。その頃懇意にしていた某代理店のN氏が大阪で結婚式があるというのに便乗した。N氏は、もとは大阪で水商売をしていたが、ふとしたことで東京の代理店の面接を受けたらうかってしまったと冗談半分で語っていたが真相は定かでない。とにかくそのN氏とともに大阪を訪れたわけだが、目的が二つあった。


ひとつ目は「飛田」。


大阪に一緒にいかない?と軽いN氏の誘いに1も2もなく返事をした後に「飛田に行きたい」といったら目を丸くされた。飛田(飛田遊廓)は、大正時代に築かれた日本最大級の遊廓、赤線である。大阪と聞いてはじめにこの地名が浮かんだ私もどうかと思うが、それにはわけ(言い訳?)がある。大学時代のこと、私は生活芸術科というどちらかというと「西洋美術史」や「美術館めぐり」が主だった授業という学科におり、すこし「芸術」疲れをしていた。そんな中「女性論」という一般教養の授業の女教授がなかなかサバけた面白い講義をされる方だったので、いつもは出席だけとったら図書館でほうけるといった教養授業の中でも、まじめに最後まで出席していた。


その方の授業で、遊郭の話があった。周囲の旧友たちは好奇心半分眠気半分、夢うつつで聞いていた学生のほうが多かったような気もするが、私は地元が台東区ということもあり、吉原遊郭がそれなりに親しみのあるものだという理由か、熱心に聞き入っていた。そこで出てきた地名が「飛田」である。吉原界隈は、今はもう残るものもわずかだが飛田は戦災で焼かれたとはいえ、現在も当時の雰囲気を残しているという。このときに何故か「飛田」という地名がしっかりと刻み込まれたようだ。N氏は苦笑しながらOKといい、これは実現した。このときの話はまた別に書く。とにかく衝撃的だった、とだけ書いておこう。


二つ目は「明治屋」である。


天王寺にある居酒屋だが、思い返すとどうも二十二、三の頃「日本酒」にはまっていたらしい。らしいというのは日々酩酊と記憶混濁の性質からあいまいだからである。とにかく昼間の一時半からやっているというその居酒屋に行くんだといきまいていたような気がする。これも実現した、思っていたとおりの好い店構えであった、と書いておく。





私の一方的な関西圏不得手もこうしたことから少し薄まった頃、知人の物書きY氏が大阪へ行くから一緒にどうかと誘われた。また便乗したのにはワケ(言い訳)があり、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンにいくのだという。そのころ、映画館で公開中のスパイダーマンを観ていたこともあり、どうしてもそのアトラクションに乗ってみたくなったのだ。ユニバーサル・スタジオ・ジャパンにはいったことはないが、報道などで聞く分にはあまり好い評判はなかったようだが、行ってみたらなんてことはない、至極面白いのである。


遊園地というと幼いころの思い出として「花やしき」「後楽園」しかなかった私は「ディズニーランド」も人に連れられて数回しかいったことのない奥手な人間だったが、ここにきて変わった。年間スタジオ・パスを購入したもの理由のひとつだが、この大阪滞在中に2回、足を運び、スパイダーマンのアトラクションにいたっては、無駄にはしゃぎながら6~7回は乗った。


アメージング・アドベンチャー・オブ・スパイダーマンTM・ザ・ライド


何がそんなに面白いのかと聞かれると言葉にきゅうするが、未だの方はぜひ一度試していただきたい。というわけで、私の中の大阪像、大阪弁を聞いたときに真っ先に思い浮かべるのは、このUSJのスパーダーマンと明治屋の樽酒松竹海老、そして飛田の緋繊の上のキティちゃん柄毛布を膝にかけた遊女というなんとも取り合わせの悪い三点セットなのである。


USJアトラクション-ファンタスティック・ワールド




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