もともこも鳴き笑い

まきのともこブログ。レシピや食べ歩き、デザイングッズやiPhoneなど。

WELEDAのオイル


ヴェレダのボディーオイルが好き。


http://www.weleda.jp/


超乾燥肌なので、こういったボディーものがかかせないのだが(季節の変わり目や乾燥しがちな土地へ旅するときは特に)、これは好い。オイルだけどベタベタせず、翌日はしっとりうっとり肌になるし、なにより香りにノックアウト。が、まぁ「葉っぱの匂い、草いきれがする」とゆう人も居るので、香りは好き好きだなあ....


じゃぶじゃぶ通年使えるほど私にとって安いものではないので、無くなると必ず補充する!などとゆう風に「愛用する」には至っていない。ふと出会ったら買い求め、使い終わったら少し寂しく想いながら、また何処かで出会う日を待ちつつも暫くすると忘れている、通りすがり的な付き合いだ。


然し、風呂あがりのサッパリした身体にこのROSA(他の香りも至極好いけれど私はこのローズがいちばん)のオイルを垂らした日には、なんとも幸せな気分になる。


コスメ・コム




桜の開花宣言にともない思い出す染色家の志村ふくみさん「言葉の力-大岡 信」


な、なんか東京では桜の開花が発表されたとか...


開花が発表されてからだいたい1週間くらいで満開になるらしいということですが、今年はどうでしょうか。いつも都内の桜の名所的なところを飲み歩きのついでにめぐるので、至って夜桜が多かったのですが、今年は間に合えば、おひるまの花見散歩も楽しみたいと思います。まあもし間に合わなくても....葉桜も好きなのでいいんですけどね....。


外国人に日本の桜、お花見の話をしたら面白いカルチャーだといわれた。当然異国であっても梅や桜のような樹木はたくさんあり、うわあ、ビュティフル!ボニート!カリーノ!と声を出すくらいきれいなものもあるのですが、別に「桜の木の元で酒を飲む」ということをするのは日本くらいなんですかねえ。よくわからないわ。


THE BODY SHOP


桜といって、どうしても思い出すのは幼きころの国語の教科書に載っていた、岡信さんの「言葉の力」。人間国宝である染色家の志村ふくみさんが桜の「樹皮」からきれいな薄桜色を染めるる、ということで、いつもこの季節になると頭をよぎる。


いつもうる覚えなので、ここに転載しておきましょうかね。


日本のことば、日本語とか、その背後にある日本の文化、とかを感じて考えるきっかけになる桜の咲くころは、大好きな季節というわけです。



言葉の力 -大岡 信


中学校 国語2(光村図書出版)


人はよく美しい言葉、正しい言葉について語る。しかし、私たちが用いる言葉のどれをとってみても、単独にそれだけで美しいと決まっている言葉、正しいと決まっている言葉はない。ある人があるとき発した言葉がどんなに美しかったとしても、別の人がそれを用いたとき同じように美しいとは限らない。それは、言葉というものの本質が、口先だけのもの、語彙だけのものだはなくて、それを発している人間全体の世界をいやおうなしに背負ってしまうところにあるからである。人間全体が、ささやかな言葉の一つ一つに反映してしまうからである。


京都の嵯峨に住む染織家志村ふくみさんの仕事場で話していたおり、志村さんがなんとも美しい桜色に染まった糸で織った着物を見せてくれた。そのピンクは淡いようでいて、しかも燃えるような強さを内に秘め、はなやかで、しかも深く落ち着いている色だった。その美しさは目と心を吸い込むように感じられた。


「この色は何から取り出したんですか」「桜からです」


と志村さんは答えた。素人の気安さで、私はすぐに桜の花びらを煮詰めて色を取り出したものだろうと思った。実際はこれは桜の皮から取り出した色なのだった。あの黒っぽいごつごつした桜の皮からこの美しいピンクの色が取れるのだという。志村さんは続いてこう教えてくれた。この桜色は一年中どの季節でもとれるわけではない。桜の花が咲く直前のころ、山の桜の皮をもらってきて染めると、こんな上気したような、えもいわれぬ色が取り出せるのだ、と。


私はその話を聞いて、体が一瞬ゆらぐような不思議な感じにおそわれた。春先、間もなく花となって咲き出でようとしている桜の木が、花びらだけでなく、木全体で懸命になって最上のピンクの色になろうとしている姿が、私の脳裡にゆらめいたからである。花びらのピンクは幹のピンクであり、樹皮のピンクであり、樹液のピンクであった。桜は全身で春のピンクに色づいていて、花びらはいわばそれらのピンクが、ほんの先端だけ姿を出したものにすぎなかった。


考えてみればこれはまさにそのとおりで、木全体の一刻も休むことのない活動の精髄が、春という時節に桜の花びらという一つの現象になるにすぎないのだった。しかしわれわれの限られた視野の中では、桜の花びらに現れ出たピンクしか見えない。たまたま志村さんのような人がそれを樹木全身の色として見せてくれると、はっと驚く。


このように見てくれば、これは言葉の世界での出来事と同じことではないかという気がする。言葉の一語一語は桜の花びら一枚一枚だといっていい。一見したところぜんぜん別の色をしているが、しかし、本当は全身でその花びらの色を生み出している大きな幹、それを、その一語一語の花びらが背後に背負っているのである。そういうことを念頭におきながら、言葉というものを考える必要があるのではなかろうか。そういう態度をもって言葉の中で生きていこうとするとき、一語一語のささやかな言葉の、ささやかさそのものの大きな意味が実感されてくるのではなかろうか。美しい言葉、正しい言葉というものも、そのときはじめて私たちの身近なものになるだろう。





桜の開花宣言にともない思い出す話「葉桜と魔笛 太宰治」


もうひとつ思い出す話がありました。


こちらは青空文庫で見つかったのでリンクしておきます。



桜が散って、このように葉桜のころになれば、私は、きっと思い出します。――と、その老夫人は物語る。――いまから三十五年まえ、父はその頃まだ存命中でございまして、私の一家、と言いましても、母はその七年まえ私が十三のときに、もう他界なされて、あとは、父と、私と妹と三人きりの家庭でございましたが、父は、私十八、妹十六のときに島根県の日本海に沿った人口二万余りの或るお城下まちに、中学校長として赴任して来て、恰好


かっこう


の借家もなかったので、町はずれの、もうすぐ山に近いところに一つ離れてぽつんと建って在るお寺の、離れ座敷、二部屋拝借して、そこに、ずっと、六年目に松江の中学校に転任になるまで、住んでいました。私が結婚致しましたのは、松江に来てからのことで、二十四の秋でございますから、当時としてはずいぶん遅い結婚でございました。


葉桜と魔笛



インターネットの電子図書館


青空文庫


http://www.aozora.gr.jp/





これも国語の教科書だな。学生時代唯一ちゃんと目を通していたの国語の教科書だったのかなあ....ほかに記憶がある教科書がないわ。あ、そういや唯一筆を入れていたのは国語や音楽、太宰や芥川、モーツァルトにベートーベンの写真や肖像画。今のメイクアップアーティストとしての自分は、あのころに育てられたな....って嘘。しがない失業中の身でした。軽く現実逃避中。




カンペールの靴


スペインのブランドCamperが好きだ。もっているのは3、いや4足かな。ぺったんこ靴はかばんの中でかさばらないし、スリッパなんてないホテルではおおいに役だつから旅向きです。ヨーロッパブランドにしてはイタリア靴なんかと違って横幅もあるから安心。


夏もいい感じよ、きっと。


Camper Shoes


http://shop.camper.com/eshop.camper


スペインで買ったのよりもNYのセールのほうが安かったような気もする‥日本では表参道とかにお店があるよね。


カンペールの靴を探す:楽天



1887年イギリスで靴製造技術を学んだアントニオ・フルーシャ氏がマヨルカ島に帰ってきてコフルーサ社を創業し、2代目のロレンツォ氏によってその事業は発展した。


1975年3代目ロレンツォ・ジュニア氏によってカンペールブランドが誕生した。


1991年で座員シューズプロダクションの "メイク・アップ社" と "カルト・ファーノ社"を吸収しさらにカンペールブランドは拡大した。


1992年バルセロナ・オリンピックの年に海外進出を計り、パリ、ミラノ、ケルン、ポルト、へ次々に出店し、スペイン国内を含め40店舗の直営店を展開した。


1995年のミックス・シリーズの人気とともに日本での人気も本格化し、ブラザーズ、ペロータス、インダストリアル、などシリーズごとに売れ筋を誕生させることになる。


デザイナーは "メイク・アップ" をプロデュースしていたギエルモ・フェレ氏で、ツインズ(左右非対称)ハーブス(ハーブ入り)、など常識をくつがえすシューズデザインを次々と発表しカンペールを大きく発展させた。


1998年3月にはロンドン・ボンドストリート店をオープンする。(資料:シューズサロンなとりやより)


カンペール 【 CAMPER 】スペイン【週刊ファッション情報】





おみやげ考


所謂「おみやげ」ってやつは、本当に役立たずなものがなんと多いかということ。その場で手に取っているときはいいのだけれど、どう考えてもこれは帰ったら急速に色あせるな、というものばかりな気がして、しかもそれを行ってもいない人にあげるものと考えると、どうしても躊躇する。まあ勢いで買ったりもするけれど。


と思ったら、あら、なんだ。



おみやげ 0 【お《土産》】


(1)みやげを丁寧にいう語。


(2)子供が友達と別れる時に体をたたき合う遊びで言う語。「―三つ凧(たこ)三つ」


(3)迷惑なもらい物をいう語。性病などのこと。



そうか(3)なのね。なるほどね。納得納得。


というわけで、スーパーで調味料、ブックストアで本やノートを買い込む私。


迷惑度合いが低そうな消耗品がいいよね。コンソメキューブとか。





記憶に残る、最初に買ったおみやげは小学校4年生の時の臨海学校。岩井だったかな、味噌汁みたいな海で遠泳したんだ。そのとき初めて買ったのは、貝で作った亀の置物みたいなやつ、誰にあげたのかなんでそれだったのか記憶が定かでないが、まあきっとそれくらいしかなかったんだろうな。次は小学校5年生の林間学校。日光で三猿と眠り猫をモチーフにした夫婦湯のみを両親に買ったんだ。


それは、今でも食器棚にある。





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